「もっと腕を振って!」「もっとピッチをあげて!」「もっと地面を強く蹴って!」「もっともっと・・・!」
 陸上競技場にいると、毎日のように耳にする言葉です。指導者の方なら、少なからず発した経験があるかと思います。斯く言う私も、かつてはそのような「もっともっと!」動作を追求していました。


 私も陸上競技者の一人として、いつかあの晴れ舞台に立ちたいと夢見て、「走」という動作を追求してきました。大学の専攻は「体育」ではないものの、身体のことを真剣に勉強し、深い知識と技術を身に着けようと多くの書物を読みあさり、私自身はウェイトトレーニングの狂信的な信者でした。20代後半までは自己ベストを更新することができましたが、ウェイトトレーニングに本格的に取り組むようになったのと時を同じくして、身体のあちこちが悲鳴を上げはじめました。アキレス腱痛にはじまり、ハムストリングス・ふくらはぎの筋膜炎や肉離れを頻繁に起こすようになり、30歳を過ぎたころには、慢性的な左ハム付け根の痛みにより次第に全力で走れなくなりました。走ると脚がちぎれそうな感覚があったのです。挙句の果てには、100mですら脚がもつれて走りきれず、フィニッシュ後に転倒して肋骨を2本折るという結果にまでなりました。失礼な言い方ですが、地域の運動会で久しぶりに走った「お父さん」状態です。今思えば、全身の筋肉がこり固まり、とうてい動ける状態ではなかったのでしょう。


 加齢によるものかと半ばあきらめていた時に、その転機が訪れました。偶然立ち寄った書店で一冊の本を手に取り、パラパラとページをめくったところ、まさしく今、自分が想い、感じていることがそのまま書かれていました。購入を即決し、まるで身体の中に吸い込まれていくように、その日のうちに読み終えました。その本こそが、松村先生の『誰でも速く走れる骨ストレッチ』だったのです。
 その日から「骨ストレッチ」に取り組み、しだいに自分の身体が楽に動けるようになってきていることを実感しました。当時はまだ、私の周りでは「骨ストレッチ」が周知されておらず、陸上仲間からは奇異の眼差しで見られていたかと思います。しかし、自身の感性を信じ、一人で黙々と取り組みました。あれだけ狂信的に取り組んでいたウェイトトレーニングや体幹トレーニングを一切やめ、どれだけ仲間に誘われてもそれだけは断り続けました。


 転倒して肋骨を折ってからは、月に何度か身体を軽く動かす程度で、しばらくはレースから遠ざかっていましたが、今夏に100mのレースに出る機会がありました。骨折したあの日から3年以上が経過していました。レース出場が決まってから約二か月間の準備期間がありましたが、仕事の関係で、週に2・3回ほどしか練習できず、トレーニングも「流し」と「スタートダッシュ」くらいしかできませんでした。そんな中でも、松村先生から教えていただいた「骨ストレッチ」と「骨ストレッチランニング」は、かかさずに取り組みました。今までは、「脚」で走っていましたが、松村先生に教えていただいた動作を追求していくうちに、本当の走動作がわかるようになりました。身体の「あの部分」が重要なのです。この感覚は、「骨ストレッチ」に取り組んだ人でなければ理解できない感覚でしょう。
 さらにレースでは、3年ぶりに予選と決勝の2レースを全力で走ったにも関わらず、ハムやアキレス腱に一切の痛みがありませんでした。それどころか、いつもは翌日以降に現れるはずの筋肉痛すらほとんどありませんでした。「骨ストレッチ」と「骨ストレッチランニング」の効果を、ここでも実感することができました。そして何よりも、これまでの陸上人生の中で、一番「楽」に「楽しく」走れたことが大きな収穫です。これだけ「楽」に「楽しく」走れるメソッドを、今後も追求していかないわけにはいきません。次は、27歳でマークした自己記録を、もう一度更新することを目標に取り組んでいきます。


 「骨ストレッチ」と「骨ストレッチランニング」は、今までのストレッチやランニングと比べると、まるで非常識なものとしてとらえられるかもしれません。しかし、今まで「常識」と言われてきたトレーニングや動作は、本当の身体動作の観点からみれば、それこそ身体にとって「非常識」だったことに気づかされます。「骨ストレッチ」と「骨ストレッチランニング」がそのことを教えてくれます。取り組むことで、身体の声が聞こえてくるのです。本当の身体動作のすべてが「骨ストレッチ」と「骨ストレッチランニング」に秘められています。


 「もっともっと!」動作を追求し、キツい練習をしたから強くなれると思い込むのは、もうやめましょう。今取り組んでいるその練習は、単にリキんでいるから呼吸が苦しくなっているだけの、身体を固めるトレーニングかもしれませんよ。そろそろ身体の声に耳を傾けて、本当の身体動作を追求してみませんか?

北陸学院高等学校:川口 雅樹

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