研究レポートReport

第12回 内観力『ゴールが私に近づいて来る?』

北海道国体に向けて練習を再開した。
まず、ケガをしないようにトレーニング内容を見直した。
得意であるスタートダッシュに磨きをかけながら後半で勝負できるように150M走に力を入れた。

調子の良かった春先は、あきらかにピッチ走法であったが
この頃はピッチ走法とストライド走法が半々くらいの走りで感覚が変わってきていた。 


手足をセカセカ動かす感覚ではなくなっていた。

走りが定まらない状態で8月の東北大会(ミニ国体)を走ったが結果は第5位。
調子が悪い訳ではないのだが上手く身体をコントロール出来ていなかったのである。
何かが変わろうとしていたのだがこの時の私は理解できるレベルになかった。

゛青戸君、笠原君に勝とうという選手が東北大会(ミニ国体)で5位で果たして勝てるのか?゛

北海道国体の決勝でライバル達と勝負したい気持ちとは裏腹の結果に不安であった。
しかし、今までの事を思い出してはあくまで勝つことだけを考えるように心掛けた。
やるべきことだけは全てやった後、自信を持って調整に入った。

名古屋空港から北海道に向かった。
宮城県の合同練習会が札幌の円山陸上競技場で行われた。
去年の京都国体では気持ちが舞い上がり前日まで練習をしたが今回は自分のペースで調整練習を行いたかった。

全体練習でリレーのバトンパス練習をしたいと言われた。
スパイクは履かずにアップシューズで走るのであればと了承して頂いた。
ウォーミングアップを始めてバトンパスをしながらの流しをした時であった。
私は本当に軽く走っているのにもかかわらずスパイクを履いた後輩達を置いていく走りをした。

バトンパスの練習もアップシューズで行ったのだがあきらかに身体のキレが違った。
スパイクを履いている後輩が追いつけない位にすぐに加速してしまうのである。
周りにいた先生方も私の両親も私の動きにビックリしていた。

私自身も自分の身体でありながらまるで暴れ馬の手綱を握っているようでもあった。
口では言えない身体で感じる゛心地良さ゛に自信が沸いてきたのであった。
そして試合当日に生まれて初めての不思議な経験をすることになる。


1989年9月20日 成年男子100M 決戦の日

予選4組の4コース、何と予選から青戸君と市川先輩と同じである。
決勝進出をしたい私にとって大事な1本目のレースに向けてサブトラックでウォーミングアップを始めた。

芝生の上を走る流しで不思議な感覚が現れた。
軽く、本当に軽く走っているのだが楽に本当に楽に前に進むのである。
前を見ている私はまるでゴールが私を迎えに来てくれるかのようだだった。
まさか?と思い今度はもっと力を抜いて楽に走ってみたが不思議な事に余計に速く走れるのだ。

今まではゴールに向かって一生懸命に頑張って走ってきた私。
その私が楽に走っているのにもかかわらず勝手にスピードが上がり
まるでゴール地点が私を迎えにきてくれるかのようにゴールが私に近づいてきてくれるのだ。

緊張の中、予選を1位で通過した。向かい風1.5Mで11秒06。
青戸君は予選なので軽く走っていたが私は予選から全力疾走をした。

奇跡は準決勝で起きた。

準決勝もまた青戸君と同じ組であった。
得意のスタートダッシュで勝負をして何としてでも準決勝を通過したかった。

1回目のスタートはフライング。
スタート時、私は静止していないのに用意の掛け声がかかったのでスターターに文句を言いにいった。

2回目のスタートは集中して私のタイミングでスタートが出来たのだが別な人がフライングをした。
これで集中力が切れてしまった。

どうにでもなれ!
ある意味、無心状態になっていた。

3回目で揃ってスタート。
私はあきらかに反応が遅れてしまった。

いつもなら顔を上げてしまい力んでしまう私なのだが
なぜだかこの時は゛仕方がない!゛と顔を下に向けて地面を見ながら走っていた。
これが功を奏してかえって力まず前半を走るキッカケになった。

スタートで出遅れたにもかかわらず冷静に走れている私がいた。
まるで走りながらもう一人の自分とお話するかのように状況判断しながら走っているのである。

後半の70Mを過ぎた辺りで横目に見える前に走っている選手達が私に近づいてくる。 



負けているのに何故か勝てると瞬間的に思った。
不思議な感覚、初めて味逢う感覚、ウォーミングアップの時と同じようにゴールがまるで自分に近づいているかのようであった。

渾身の力を込めてフィニッシュをした。
NIKEの松原選手と同タイムで4位、記録は追い風2.8Mで10秒49。
追い風参考記録ながら自己ベスト記録を出した。

この組の4着であったがプラス2で拾われて夢の決勝進出になった。

夢に見た決勝。

1コース 松原 薫  神奈川  ナイキ 
2コース 笠原 隆弘 三重   中京大
3コース 百田 直孝 佐賀   中央大
4コース 市川 武志 岐阜   ゴールドウィン
5コース 不波 弘樹 東京   大京
6コース 青戸 慎司 和歌山  中京大
7コース 宮崎 博史 鹿児島  日本石油
8コース 松村 卓  宮城   中京大

市川先輩を含めると中京大学から4人決勝に残った。

私以外は全員ジャパンのユニフォーム着た経験がある選手ばかりだ。
初めて経験する大舞台に正直、決勝は場の雰囲気に呑まれてしまった。
空気が今までとは全く違っていた。

号砲、一発でスタートした。

スタートの反応は良かったが緊張からすぐに顔を上げてしまう。
20Mから40Mでうまくスピードに乗れなかった。
後半、少し詰めていきそのままゴールした。

結果は7位、向かい風1.0Mで記録は10秒76
青戸君は10秒62で4位、笠原君は10秒67で6位、優勝は鹿児島の宮崎 博史さんでした。

0.09秒差で笠原君に勝てなかった。
正直、悔しかったのだがその悔しさよりも準決勝で走った
゛あの感覚での走り゛が出来なかった事の方がなぜか悔しかった。

準決勝ではゴールが私を迎えにきてくれた。
しかし、決勝は私がゴールに向かって走ってしまった。
この時に走った準決勝の走りをもう一度したくてトレーニングをするのだが
再会できるまでに2年間を要した。


再現性の重要性。
スポーツ選手なら誰でも一度は経験したことがある素晴らしい動きが出来た瞬間。
どうやってあの動きが出来たのだろうか?
ある時、偶然に出来た動作なので、なぜ出来たのかを理解出来ていない。
天才肌の人は自然に素晴らしい動作が出来てしまう。
しかし、自然に出来てしまうので意識的に動かしているのではないため
一度スランプに陥るとなかなか元の状態に戻れなくなるのである。
いい時の動作を思い出そうとして感覚だけを頼りに追いかける人が多いがズレてくる場合が多いのである。
いつでもその動作が完璧に出来ることが大切になってくる。
いい動作をいつでも出来るようにする、、、、つまり再現性を高めることが重要になってくるのである。
では、どうしたら自分の身体を意のままにコントロールして再現性を高めれるようになるのだろうか?
この答えを求めていくのだがまだまだ道程は遠かったのである。

次回の研究レポートは『感動の再会、10秒2の感覚!』です。

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