研究レポートReport

第18回 内観力『あの走りはどこに、、、、』

もう、ケガはしたくない、、、、

その想いから、U先生に教えて頂いた体幹トレーニングを真剣に行った。
元々、辛くて苦しいトレーニングは大好きな私だったので苦しければ苦しいほど
自分が鍛えられて強くなっていっていると信じていた。

最初は、全然出来なかった体幹トレーニングであったが徐々に出来るようになってきた。 



左右の筋力バランスととるために腹筋部分を中心として左右交互に腕や足を動かす。
また、うつ伏せになり背筋をしながら同じように動作を繰り返した。
回数もある程度出来るようになってきたし、動作も楽に出来るようになってきたので
ある意味、自信を取り戻した自分になっていた。


平成5年 春  シーズンが近づいてきた。


レースに向けてスピード練習を始めた。
ケガをしないために徐々にスピードを上げていこうと思った。
ひとつ、ひとつ動作を確認するように慎重にスピードを上げるつもりなのだが
なぜか、スピードが出ない、いや上がらないのである。

足に痛みがあるわけではない。
腕も足も速く動かしているのに(動いているのに)スピードが出ないのである。
手足は動くが身体が前に進まないのである。

この時の私は、なぜスピードが出なくなったのかを全く分かっていなかった。


宮城県の春季陸上大会で100Mに出場。

一応、優勝したがタイムは11秒11。
向かい風を考慮してもスピードが出ている感覚がないのである。

その1週間後に、仙台で東日本実業団が行われた。

しかし、先週の走りと同じであった。
ウォーミングアップをしていても感じるのだが速く走れる気がしないのである。
腕や足は相変わらず速く動いているのに、前には速く進まないのだ。

結果は、11秒27(-1.8m)7位であった。
この日も全て向かい風のレースで予選・準決・決勝とも11秒台の結果。

速く走りたいのに速く走ることが出来ない。

ケガはしないのだが速く走ることが出来ないのである。
いい走りをするためにトレーニングをしてきたのに走れる身体ではなかったのだ。
しかし、当時の私はケガを再発したくない気持ちの方が強く、体幹トレーニングは続けていたのであった。

疑心暗鬼の中、7月の宮城県選手権を迎えた。

何とかスピードレベルをアップしたいためにトレーニングをしてきたが
昔、感じたような走りの感覚にはほど遠かった。

阿部選手が出場しない大会であったが100m、200mを優勝。
決勝で10秒86(±0)で走るが全国で戦えるレベルの記録ではない。

急に、昔は感じたことがなかった"壁"のようなものを感じ始めていた。


この年、栃木県でインターハイが行われた。

仙台育英高校の女子短距離のコーチをしていた私。
選手達が頑張り、4×100mリレーで出場が決まった。
結果は予選落ちであったが指導者としていい経験をさせていただいた。


その後、8月末に行われた国体予選に出場。
阿部選手もこの大会に出場したが結果は惨敗。
10秒85(+1.2m)で4位。

力の差を歴然と見せ付けられた。


その後も東北総体や福岡で行われた全日本実業団に出場するが
いい走りが出来ない状態が続いた。


U先生に指導を受けた体幹トレーニングをした効果なのかケガらしいケガはしなくなった。

しかし、それと引き換えに『いい走り』が全然出来ないようになってしまった。

以前なら、10秒1~2台を目指していたのだが
正直、10秒5を切ることがまるで大きな壁を突き破らないと出来ない走りになってしまった。

北海道国体や東日本実業団で走った、『あの走り』が夢のようにも思えた。


理論は素晴らしいのかもしれない、しかし人間の身体は正直である。
日々の練習の中で感じてしまう違和感が日に日に大きくなってくる。
走れど、走れど、何度走ってもスピードが出ない走りに戸惑いを隠せないのである。

真面目に取り組めば取り組むほど歯車が狂いだす、、、、、

私の走りを写真で見た佐久間先生から
"腰が引けてしまってスピードの出る走りではない"と言われたのだが
当時の私には理解する力はなかった。


今、体幹トレーニングが流行っている。

私は、自分の経験から目を塞ぎたくなるのだが
先日も、姪っ子の萌ちゃんから聞いた話には正直笑ってしまった。

某スイミングスクールに通っている萌ちゃん達に
体幹トレーニングの講習会で習ってきたことをコーチの方が指導したらしい。
指導後、その効果を実感するためにプールの中に入れという。

『今、行ったトレーニングで使った筋肉を意識して泳いでみろ~!』

といわれて泳いでみたら全員、沈むような泳ぎ方になったらしい。

その現場を見たコーチが激怒して、

『おまえ達のやり方がおかしいからだ~、もう一度やりなおし~!!!!』

と、また最初から体幹トレーニングをさせられたそうだ。
なんのことはない、子供達の身体の方が正直なだけで泳げるはずがない。

理論、理屈を聞くともっともらしく聞こえるのだが
身体全身を硬直させながら、いくら動作をして意味がない。
なぜなら、この動作には"緊張"ばかりで"弛緩"がないのである。

簡単に言うと、ON(力を入れる)ばかりで、OFF(力を抜く)がない。

力が入る部分があれば、力が入らない部分があってこそ力は流れる。
力を入れる瞬間もあれば力を抜く瞬間も大切なことなのだ。

呼吸を例にして言うと、"ずっ~と息を吸い続けろ!"と同じことである。
実際に行ってみて欲しい、とてもじゃないが3秒も出来ないはずだ。

走る動作においても泳ぐ動作にしても、力を入れるのはほんの一瞬のはずである。

・それなのに、どうして体幹トレーニングをして力を入れ続ける必要があるのだろうか?

・そして、実際の動作では取らない姿勢でのトレーニングをして何の意味があるのか? 



・なぜ、不自然な動作から自然な動作が生まれてくるのだろうか?


本当に求めていかなければならない事は
いかに身体を弛ませながら動作を続けることが出来るかである。

位置エネルギーを考えた場合、硬直した筋肉を付けると活用することが出来ない。
例えるなら、"軽石"は固いが重さがない。

求めたいものを例えるなら、"こんにゃく"だ。
"こんにゃく"は、柔らかくて弾力があり、重さがある。

人間の身体の重さ、つまり体重を活用して動作を行うことで動力原が生まれる。

特に、陸地で行うスポーツに関して言うと
この地面反力が上手く使える選手と使えない選手では成績もケガの発生も全く違ってくるのである。

体重を活用するためには身体が弛んでいなければ重さとして使えない。
弛んでいるからこそ重さに変わり、その重さで地面の反力を利用して生まれた力を使うことが出来る。
自分の筋力だけで動作をしようとすると、この地面からの反力を利用することが出来ない。
それどころか、互いに発生した力が同士が喧嘩することになり
行き場のなくなった力が逆に筋肉に負担をかけることになってしまい筋断裂を起こしてしまうのだ。

しなやかな動きが出来なくなった身体を元に戻すには膨大な時間が掛かる。

プラスに転じると信じて体幹トレーニングを続ける私が
実は、マイナスの方向に蓄積されていることに気付くのはまだまだ先の話になる。

そして、またケガの辛い日々を過ごすことになる事を私は知らないでいた。



次回の研究レポートは、『どん底の先に光が見えた』です。 6月15日の予定です。 

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