研究レポートReport

第21回 内観力 『伊東 浩司 選手が試合前にスクワットをしている、、、、?』

6年振り、3回目の国体出場に向けて練習にも自然と熱が入った。

試合まで、1ヶ月ちょっとしかないので練習メニューも再考した。
ケガをしないように出来るだけ本数を少なくして、集中して行うようにした。
また、今年はレース数が少なかったため所謂"場慣れ"をしていないのが気になっていた。

練習での走りは、常にレース展開を意識しながら走るように心がけていた。

試合が近付くにつれ、いい緊張感も増してきた。
走りの方も、得意のスタートダッシュから70Mくらいまでの走りは、いい時の走りに戻ってきていた。
後は、後半の30Mをいかにスピードキープ出来るかで戦えるかどうかが決まる。

欲を言えば、もう1ヶ月位は欲しかった。

宮城県の国体合宿も無事に終わり
6年前に着たユニフォームから新調されたユニフォームを頂いた。
『宮城』のネームを見つめながら、いろんな気持ちが込み上げてきた。


平成7年10月15日(日)~10月19日(木)

第50回国民体育大会秋季大会陸上競技が福島県の県営あづま陸上競技場で行われた。 



私達は、10月14日(土)に現地に入りして、サブトラックで軽い練習で汗を流した。 


プログラムを渡されて、成年男子A100Mの自分の名前を探していると
なんと、1組目の3コースで、となりの4コースに伊東 浩司選手が居るではないか。 


今、日本の100Mで最も注目されている伊東選手と予選で走れる!

負けるのは百も承知だが、せめて得意のスタートで飛び出してやり
少しでも彼の前を走ってやるぞと闘志が湧いてきたのであった。

そして、翌日の10月15日(日)。

試合の前日だ。
念入りにウオーミングアップをして身体をほぐしてから
芝生の上で軽い流しをして足の動き具合を確認してスパイクを履いた。

跳躍のコーチで同行されていた佐久間先生に
スタートダッシュを見て頂けないかとお願いをして動作のチェックをしていただいた。 


"スタートから加速走に入る流れはいい感じだと思うよ!"

と言われて胸を撫で下ろした。
自分の感触としてもいい感じの走りが出来たので安心してスパイクを脱いだ。
気持ち良くクールダウンをした後に、不破 弘樹さんを見つけたので挨拶に行った。

ところが、近付くにつれ、不破さんが妙な動きばかりしている事に目を奪われた。

今まで、見たこともない動作、、、、
しかし、当の不破さんは真剣な眼差しで黙々としているのだ。
不思議そうな顔をして見ている私を見つけた不破さんから、『久しぶりだな~松村、調子はどうだい~?』と声をかけられた。

"不破さん、さっきからされている動作は何ですか?"

と興味津々の私の質問に対して不破さんは、『内緒~』の一言で終わってしまった。

そうこうしている内に、不破さんがスパイクを履こうと袋から取り出された時であった。 


たまたま袋からスパイクが落ちてしまい、私の前に転がってきたので拾い上げて不破さんに渡そうとした時に
不破さんのスパイクを見て、私は素直にこう言ってしまった。

"不破さん、スパイクのピンが取れていますから、私がつけてあげましょうか?"

と不破さんに言ったところ、、、、、

"それは、わざとつけていないんだ~"

と言われてしまい、面食らった鳩の状態になってしまった。

(スパイクにスパイクのピンをつけないで走っても何の意味もないのではないか?)

沈黙の時間の後、理由を知りたい私は、不破さんの顔を食い入るように見つめながら答えを必死で求めていた。

私のひつこさに根負けした不破さんから出た言葉は、
『いや~俺も最近、伊東選手が通っているワールド・ウイングに通っているんだ。松村も習いに行ったら世界が変わるぜ!』
これ以上は秘密だから、知りたかったら直接指導を受けてみるといいよと言われた。

今まで一度も見た事のない動作。
そして、ピンのついていないスパイクの方がいいと言う。
常識では考えられない事を平然とした顔で話す不破さんの顔が脳裏から離れない。

ワールド・ウイング? 初動負荷理論? 小山 裕史? 謎だらけであった。


10月16日(月) 大会2日目 いよいよ成年A男子100M。

レースの2時間前にサブトラックに到着した。
自分のレース展開を何度も何度も頭の中でイメージしながら入念にウォーミングアップを開始した。
同じ組を走る、伊東選手がいないかと探していたのだが、なぜか見当たらなかった。

ひとつ、ひとつの動作を丁寧に確認しながらアップをしていると両親の顔が見えた。

すぐに両親の元に行き、まずまずの調子である事を伝えてアップを続けた。
スパイクを履いて、スタートダッシュを2~3本していた時であった
何やら人だかりが出来ている場所が目に付いた。

そこは、サブトラックに隣接されていた特設会場で
選手達がウェイトトレーニングが出来るようになっていたのだが
なんと、あの伊東選手がスクワットをしているのが見えた。

"あれっ、もしかして試合に出ないのかな~?"

ケガでもしたのだろうか?
試合に出る選手がまさか試合前にバーベルを担いでスクワットをする訳がない。
きっと、トレーニングのために行っているに違いない、、、、
と思っていたのだがコール場所に伊東選手は颯爽と現れたのだ。

"こいつ、試合を舐めているのか?"

練習の一環としての大会にしか考えていないのだろうか?
私の横に座っている伊東選手を横目で見ながら不愉快な気分になった。
そして、この気持ちをレースにぶつけていこうと思った。

(無理もない、この時はまだ、彼の行動が全く理解していなかった私であった。)

予選1組目。

スタートブロックをセットしながら、得意のスタートダッシュで飛び出して
せめて30Mだけでも伊東選手に勝ってやろうと意気高揚していた。
不思議と緊張はしなかったが、ゴールはなぜか遠くに見えていた。

号砲一発でスタートした。

1歩目で伊東選手は、私のかなり前方に着地したかと思うと、話にならない位に遥か前方を走っていた。
出鼻を挫かれた私は、明らかに固くなってしまった。となりの選手と競り合っていたが後半なんとか振り払いゴールした。

1着の伊東選手の記録は、10秒34(+0.6m)であった。

完敗であった。
最初は、30Mだけでもと思っていたのだが蓋を開けてみたら1歩目から、彼の独走であった。

私の記録は4着で記録は、10秒79。

伊東選手に約5m近くあけらてしまった。
力の差を歴然と見せ付けられたレースになった。

幸い、プラス6着に拾われて準決勝に進めることになった。

6年振りの国体に出場できた上に、準決勝に駒を進める事ができたことは非常に嬉しかった。
しかし、予選でとなりで走った伊東選手のウォーミングアップでのバーベルスクワットの意味や
実際、一緒に走ったレース内容と記録に驚きを隠せなかった。

迎えた準決勝でハプニングが起こった。

1組目で走った伊東選手が何と、2回のフライングの為に失格になってしまった。
場内がスゴイどよめきが起こった。

私は、2組目で走ったが善戦虚しく、7着で記録は、10秒81(+1.2m)。

同じ組の1着は、伊藤 喜剛選手で、記録は10秒31であった。
伊藤 喜剛選手は、決勝でも快走をして見事に優勝した。

悔やんでも仕方がないことなのは重々承知しているのだが
練習不足の私が全国レベルの大会で通用するはずがない。
しかし、練習不足を含めても、力の差を痛感した私であった。

宮城チームの4×100MRの3走として力走するが予選落ち。

5組目 5着 記録は、41秒63。

6年前の北海道国体では、似たようなタイムで予選を走ったが
宮城県が全体の通過タイムでTOPであったが今大会では箸にも棒にも引っかからない。 


実際、優勝した地元の福島県チームは、39秒86の大会新を出していた。

国体のレベルも確実に上がっていた。



福島国体が終わった後も、不破さんの話されていた事や伊東選手の走りの事が頭から離れなかった。

しかし、来年の4月に結婚を控えていたし年齢も28歳を迎える。
幸い、父も元気に回復してくれたが二代目として会社を継いでいかなくてはいけない
今回の福島国体も、お世話になった宮城陸協の方々がある意味、"引退"のはなむけに出場させて頂いた敬意もある。

複雑な思いを胸に秘めながら、しばらく過ごしていたのだが
ある日、思い切って父にすべて話しをした。

私の話を聞き終わった父が笑顔で、
『1回、行って来いよ!』と言ってくれた。

ちょうど、結婚式の件で彼女(今の家内)の居る愛知県に行く予定もあったので
その前後に、小山 裕史先生のワールド・ウイングにお伺いする事になった。

そして、福島国体の結果報告を兼ねて、恩師である中京大学の安田先生にお電話をした時に
ワールド・ウイングの小山先生の所に行こうとしている事を伝えた。
安田先生と小山先生は同郷の鳥取県の出身で、よく御存知だというので紹介状を書いて頂けることになった。



平成7年の11月中旬。

期待と不安を胸に抱きながら、鳥取県にあるワールド・ウイングに向かった。
移動中に、初動負荷理論の本を携えて分からないなりにも何度も読み返していた。
不破さんのしていたトレーニングや伊東選手の強さの秘密をこの目で見ることが出来ると思うと
1秒でも早く、小山先生の指導を受けたかった。



1泊2日の短期間の指導であったが
小山先生との出会いで私の陸上競技は180度の大変化をすることになる。



次回の内観力は、『今までやってきた事は一体何だったんだ?』です。 7月10日(土)の予定です。

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